東京高等裁判所 昭和33年(ネ)288号 判決
弁済提供者が債権者において到底容認できないような無理な附随的条件をつけて弁済の提供をしたような場合にはその提供は債務の本旨に従つたものとはならないけれども、本件においては、芹川英夫が和解の効力を争うのは主として右起訴前の和解における芹川英夫の代理人豊田求が相手方たる本件控訴人の代理人脇田久勝によつて芹川英夫のために選任された者であつて芹川英夫自身が直接選任した代理人ではないことを理由とするものであること前示甲第八号証、同第十九号証、成立に争のない甲第二十号証及び原審における被控訴会社代表者芹川英夫尋問の結果により認められるから、芹川英夫が前記和解の効力を争うことを以て根拠のない単なる言いがかりに過ぎないものともいうことはできないし、芹川英夫が賃料の提供に際し相手方において和解の無効を認めることを賃料支払の条件としたような事実はこれを認めるに足りる証拠がないので、結局芹川英夫が自己においては和解の有効なことを認めるものではない旨(これは相手方に和解の無効を認めることを要求することにはならない。相手方には和解の無効は認めないが、和解の有効か無効かを明らかにすることを後日に期して留保付で賃料を受領する余地が残されている。)を付言留保してなした前記賃料の提供はなお債務の本旨に従つた弁済の提供というに妨げないものというべきである。このように債務の本旨に従う弁済の提供をなした以上芹川英夫はたとえその受領を拒絶されてもなおこれにより遅滞の責を免れたものというべく、右和解調書の効力に関する双方の間の強い争はその後現在に至るまでなお継続しているのであるから、後日控訴人から芹川英夫に対しあらためて和解の効力如何にかかわらず賃料を受領する旨通告したとかその他特段の事情の認められない本件においては、芹川英夫のなすべき前記のような賃料の提供はすべて控訴人によりその受領を拒絶されているものと推認できるところこのように控訴人において自ら賃料の受領を拒絶しておきながら、その弁済又は弁済の提供のないことを理由に、賃貸借契約に定めてある前掲制裁条項を楯として契約の解除をなすことは信義則上許されないものといわなければならない。従つて控訴人が昭和三十一年九月十四日、同年九月二十二日及び昭和三十二年十月五日付でなした各契約解除の意思表示は、芹川英夫による賃料の延滞を理由とするものとしても、いずれもその効力を肯定するに由がない。
(川喜多 小沢 位野木)